2011年 08月 26日
主戦論者ではなかったケネディをアメリカ人は本心ではあまり好きではなかったのではないか。 |
ジョン・F・ケネディは、その人気ほどには大統領としての評価は高くないのではないか。
24日深夜のドキュメンタリー「バーチャルJFK〜ベトナム戦争は回避できたか〜」(NHKBS1)を見てそう思った。
番組は、もしケネディが暗殺されなかったら、アメリカはベトナムで戦争をしなかったかもしれないし、それによってその後のアメリカの歴史は大きく変わったのではないか。そうした仮説のもとに、ケネディの足跡をたどってゆく。
大統領在任中ケネディは、ピッグス湾事件に始まり、ベルリン危機、キューバミサイル危機など、5度ほどキューバやソ連と一触即発の危機に直面する。が、いずれも寸でのところで衝突を回避する。戦端を開けという側近たちの強い圧力をどれも瀬戸際ではねつけて、だ。
なかでもベトナムに介入するかどうかの決断を迫られたときの老将ルメイ(日本本土空襲を指揮し、戦後、日本から勲章を贈られた)とのやりとりは圧巻だ。この場面は映像なしで音声だけが流れる。
介入を迫るルメイは言う。
「大統領、絶体絶命です」
「いま何て言った?」
「絶体絶命、と」
「それはキミだ」
国民に向けたケネディの声明はどれも断固としていて揺るぎない。相手国と粘り強く交渉をしていることを国民に伝え、説得する。そして実際、ソ連のフルシチョフ首相と直談判し、キューバからミサイルを撤去させるのだ。
暗殺される少し前の「平和を希求したアメリカは、そのことによって後世の人々に賞讃されるだろう」という声明は感動的だ。ケネディが平和という言葉を口にするとき、それは口先だけの安っぽい平和ではない。その背景には、太平洋戦争で死線をさまよった自らの経験があるからかもしれない。また、ケネディの演説のうまさにはうならされる。
ケネディはあの悲劇的な死で歴代中もっとも有名な大統領となったが、大統領としての評価は案外低いように思われる。それはアメリカ人が、主戦論者ではないケネディを本心ではあまり好きではなかったからではないか(第二次大戦後も休むことなく戦争をしているアメリカを、戦争好きの国民と呼ばずして何と呼ぼう)。
ケネディが暗殺されるのは、大統領選挙を翌年に控えた1963年11月のことだ。ケネディ暗殺には、ケネディに戦争を迫った強硬派たちが陰で糸を引いているかもしれない、そう匂わせて番組は終わる。
「ヒーローのいない時代は不幸だが、ヒーローを求める時代はもっと不幸だ」(寺山修司)をなぜか思い出す。
24日深夜のドキュメンタリー「バーチャルJFK〜ベトナム戦争は回避できたか〜」(NHKBS1)を見てそう思った。
番組は、もしケネディが暗殺されなかったら、アメリカはベトナムで戦争をしなかったかもしれないし、それによってその後のアメリカの歴史は大きく変わったのではないか。そうした仮説のもとに、ケネディの足跡をたどってゆく。
大統領在任中ケネディは、ピッグス湾事件に始まり、ベルリン危機、キューバミサイル危機など、5度ほどキューバやソ連と一触即発の危機に直面する。が、いずれも寸でのところで衝突を回避する。戦端を開けという側近たちの強い圧力をどれも瀬戸際ではねつけて、だ。
なかでもベトナムに介入するかどうかの決断を迫られたときの老将ルメイ(日本本土空襲を指揮し、戦後、日本から勲章を贈られた)とのやりとりは圧巻だ。この場面は映像なしで音声だけが流れる。
介入を迫るルメイは言う。
「大統領、絶体絶命です」
「いま何て言った?」
「絶体絶命、と」
「それはキミだ」
国民に向けたケネディの声明はどれも断固としていて揺るぎない。相手国と粘り強く交渉をしていることを国民に伝え、説得する。そして実際、ソ連のフルシチョフ首相と直談判し、キューバからミサイルを撤去させるのだ。
暗殺される少し前の「平和を希求したアメリカは、そのことによって後世の人々に賞讃されるだろう」という声明は感動的だ。ケネディが平和という言葉を口にするとき、それは口先だけの安っぽい平和ではない。その背景には、太平洋戦争で死線をさまよった自らの経験があるからかもしれない。また、ケネディの演説のうまさにはうならされる。
ケネディはあの悲劇的な死で歴代中もっとも有名な大統領となったが、大統領としての評価は案外低いように思われる。それはアメリカ人が、主戦論者ではないケネディを本心ではあまり好きではなかったからではないか(第二次大戦後も休むことなく戦争をしているアメリカを、戦争好きの国民と呼ばずして何と呼ぼう)。
ケネディが暗殺されるのは、大統領選挙を翌年に控えた1963年11月のことだ。ケネディ暗殺には、ケネディに戦争を迫った強硬派たちが陰で糸を引いているかもしれない、そう匂わせて番組は終わる。
「ヒーローのいない時代は不幸だが、ヒーローを求める時代はもっと不幸だ」(寺山修司)をなぜか思い出す。
by ekimaeshokudo
| 2011-08-26 10:42
| 非番日記